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概要

70年の航跡

内航の充実と、外航近海航路進出へのきっかけ昭和41年6月、「宮産丸」竣工。内外航併用船建造と共に内航輸送の基盤を築く昭和39年(1964)には、初の内外航併用船「宮竜丸」(D/W3,240トン)を建造。昭和40年(1965)2月、事業の主体が海運業となり、会社創立25周年を記念して、社名を「宮崎産業株式会社」から現在の「宮崎産業海運株式会社」へ変更。前年に建造した内外航併用船「宮竜丸」に続いて、昭和41年(1966)6月、船舶整備公団の共有船として、内外航併用船「宮産丸」(D/W3,236トン)を建造し、石炭、穀物、雑貨等の輸送に就航する。これが外航近海(中国航路)へ進出するきっかけとなった。同年7月、内航船員の受け皿会社として、東豊汽船株式会社を設立。以後、宮崎産業海運株式会社は本格的に外航分野への進出を図ることになる。昭和42年に「宮武丸」(D/W1,760トン)、43年には「宮松丸」(D/W1,760トン)、44年に「宮姫丸」(D/W2,050トン)、45年に「宮珠丸」(D/W1,900トン)と、荷主の要望に応じて適船を建造して、内航輸送の基盤を築いていった。16